記事監修
獣医師 西村 美知子 ブルーミントン動物病院院長
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)卒業後、東京都武蔵野市吉祥寺で開業、2009年に現在の 東京の西荻窪に移転。 自然療法中心の病院です。検査から治療まで、精神的にも身体的にもストレスをできるだけかけずに動物さん個々が本来持つ「治癒力」が動き出すよう、様々な 自然療法をご提供しています。
目次
犬の乳腺腫瘍ってどんな病気なの?
犬の乳腺腫瘍(にゅうせんしゅよう)は、メスの犬や高齢の犬、小型犬に発症しやすい病気です。
犬は一度に何頭もの仔犬を生む多胎動物であるために、乳腺が腹部に5~7対あります。
そしてその乳腺に腫瘍ができた状態が『乳腺腫瘍』です。
乳腺腫瘍は良性と悪性があり、悪性の乳腺腫瘍を「乳癌」と言います。
良性の乳腺腫瘍はゆっくり大きくなりますが、転移はしません。
悪性の腫瘍には、リンパ節から胸やお腹へと転移するタイプもあり、命に関わります。
メスの犬に発生する腫瘍のなかで、一番多いのが乳癌です。
主な症状として乳腺にしこりが生じます。
悪性の癌の確立は50パーセント
悪性の癌である確率は約50%と言われています。
乳腺腫瘍の約50%を占める悪性腫瘍のうち、圧倒的に多いのが「腺癌」(せんがん=分泌腺組織が癌化したもの)で、全体の8割を超えています。
残りが「肉腫」(にくしゅ=結合組織が癌化したもの)や炎症性癌(炎症性細胞の浸潤を特徴とするもの, 臨床用語ではない)で、それぞれ10%未満です。
その中でも、炎症性乳癌は発生はまれですが非常に悪性度が高く、激しい皮膚の炎症を伴うため皮膚炎や乳腺炎と判別がつかない場合もあります。
炎症性乳癌は乳腺に熱感・腫脹を伴い、急速に進行してしまいます。
広い範囲にわたる浮腫(ふしゅ:むくみ)や疼痛は、癌細胞が乳腺深くに浸潤し、乳腺や皮膚のリンパ管・リンパ節に入りこんで生じています。
非常に転移しやすく予後が悪い病態として知られています。
ただ、乳腺腫瘍は見つけやすいので、抱き上げたり、体を洗ったりした時に「あれっ、このグリグリはなんだろう?」という感じで発見されたりします。
ですので、メスの犬の場合や犬がある程度の年齢になってきたら抱き上げたり、体を洗ったりする際には、お腹の乳腺あたりにしこりがないか気にしてあげて下さい。
乳癌の場合には、他の臓器などに転移すると命にかかわりますが、適切な時期に避妊手術を行う事で、発生率を減少させることができます。
乳腺のしこりは見た目で区別が難しい
多く発生する乳腺のしこりはすべてが悪性かというとそうではありません。
当然その悪性腫瘍の中には非常に悪性度が高く早い段階でリンパ節や肺などの臓器に転移するものもあります。
「えっ、今あるしこりは良性?悪性?転移するの?」と気になってしまいますよね。
でも、それらを見た目では区別できないのです。
ただし、以下の特徴がある場合には注意が必要です。
・大きくなるスピードが速い
・形がボコボコしている
・表面が自壊してジュクジュクしている
・下の筋肉にガッチリくっついていて動かない
これらは悪性腫瘍の可能性が高くなりますので、すぐに動物病院を受診することをおすすめします。
ただし、このような特徴が無いからといって悪性ではないとは絶対に思わないでくださいね。
小さくても気になったら必ず獣医師の診察を受けましょう。
原因
犬の乳癌の原因については未だにわかっていないことが多いですが、性ホルモンの影響、乳腺障害(乳腺炎等)、肥満によってリスクが高まることが報告されています。
また乳腺炎を発症している犬はそうでない犬に比べて乳腺に腫瘍ができるリスクが9倍になると言われているので注意が必要です。
★女性ホルモン
原因の可能性があるものはたくさんありますが、乳腺腫瘍でかなり関わりがあるとされているものにエストロゲンやプロゲステロン等の女性ホルモンがあります。
ですから若い時に卵巣を切除すると乳腺腫瘍を予防できるんです。
初めての発情の前に手術をしてしまうとほぼ完全に予防することができます。
★遺伝的要因
そしてもう一つ原因としてあげられるのが遺伝的要因です。
悪性の乳腺腫瘍についてだけは遺伝子の異常によって引き起こされることが分かっています。
その他にも、乳癌は、8歳以上の高齢期を迎えた犬が発症することが多いことから、高齢犬の抵抗力の弱さも関係していると言えるでしょう。
乳癌は、メス犬が圧倒的に発症することが多いですが、オス犬にもおっぱいはあるので発症はゼロではありません。
乳腺腫瘍にかかりやすい犬種・年代
比較的犬種を問わず発生する腫瘍ですが、シーズーやビーグル、マルチーズやヨークシャテリア、プードルやポメラニアンが挙げられます。
日本で飼育頭数と腫瘍発症比率を比較した研究では、純血種の小型犬に多い可能性が指摘されています。
近年の報告では、ミニチュア・ダックスフンドでの発症報告が増えています。
また、乳腺腫瘍は中高齢犬に多く発生します。
発症年齢のピークは9歳前後とされています。
症状
乳腺腫瘍は乳腺組織にしこりが認められる事が特徴的な症状で、脇の下から胸、腹部から内股にかけてしこりができます。
乳腺腫瘍ができると、良性であっても悪性であっても、犬が妊娠していないにもかかわらず、お乳だけが張ってくるような場合は、腫瘍の可能性を疑うようにします。
早期に発見した場合、乳腺付近に1cm未満の硬めの小さなしこりができます。
良性の乳腺腫瘍の場合はしこり以外の特徴的な症状はなく、痛みもありませんが、乳腺孔から血様の分泌物や膿を出す場合があります。
初期症状
乳頭部分に腫瘍がある場合は、乳頭が赤く腫れ、しこりに熱があったり、皮膚表面が壊死もしくは自壊したり、血のようなものや、黄色い分泌物が出ることもあります。
この頃に、犬がしきりに腹部を舐めることがあるなら、乳腺腫瘍を疑った方が良いかもしれません。
しこりは1つのときもあれば複数個できたり、途中から増えることもあります。そのしこりはしだいに大きくなり、表面が潰瘍化し、出血を伴ったり、臭いが発生するようになります。
さらに悪化すると、胸以外にも、脇の下や下腹部、後ろ足の付け根が腫れ、体に触られることを嫌がるようになり、食欲が低下したり、体重が減少し、みるみるうちに痩せ細ってしまうこともあります。
末期症状
末期になると、乳癌から肺への転移が多いですが、その場合は徐々に咳や呼吸困難が見られるようになります。
また、腰のリンパ節に転移すると、便をしづらくなります。
皮膚の広い範囲に炎症を起こしてただれてしまうと、強い痛みを感じることがあります。
その他にも、リンパ節や肝臓、その他の臓器に転移していることもありますので、一刻も早い治療が望まれます。
乳癌のステージ
乳癌のステージは5段階に分かれています。
・ステージ1:腫瘍が3㎝未満
・ステージ2:腫瘍が3㎝以上5㎝未満
・ステージ3:腫瘍が5㎝以上
・ステージ4:リンパ節への転移がある
・ステージ5:遠隔組織への転移がある
検査・診断
しこりがあったら小さなうちは少し様子を見て、変化があれば細胞の検査や(細胞の検査で良悪を判断するのは非常に難しいのですが・・・)組織検査をしてもらうといいでしょう。
それまでの変化や検査の所見で悪性が疑われるのであれば手術でしっかり取ってもらうといいでしょう。
病理検査をしてもらいその後について相談していければ安心だと思います。
また、悪性の乳腺腫瘍は、肺や腹腔内のリンパ節へ転移します。
肺転移の有無を確認するために胸のレントゲン検査、腹部臓器の転移を確認するために、お腹のエコー検査を行います。
治療法
良性腫瘍は取れば治ります。
悪性腫瘍は治療すれば、早期に発見されれば治ることが多い、といえるでしょう。
内蔵の腫瘍はかなり進行した状態で見つかることがほとんどですが、乳腺は触ってわかります。見てわかります。まず発見しやすいということです。
早期に発見できて、腫瘍を完全にとりきれれば再発の可能性はほとんどありません。
腫瘍とその周りの正常組織をある程度余裕を持って切除できればいいのです。
「発見しやすい、大きくとれる」この二つのことが犬の乳腺腫瘍が治る可能性をグンとあげてくれるのです。
乳癌に対しては、患部を外科的に切除するという治療法がまず真っ先に適用されます。
しかし、すでに転移してしまっている腫瘍では、転移したリンパ節や肺を切除しても根治することは難しく、痛みや障害の原因になる腫瘍には緩和的手術や放射線治療が適用されることになります。
また、手術後の病理組織学的検査の結果を見て手術で取り切れない悪性腫瘍だった場合や、再発・転移の恐れがある場合には、抗癌剤の使用を検討します。
それぞれの治療法を見ていきたいと思います。
外科手術
一般的には乳腺の摘出手術には三段階の方法がありますが、腫瘍の種類や年齢に応じて、その都度、手術方法は変わります。
手術費用や入院期間は、犬の大きさやしこりの数によって大きく変わります。
1)単純乳腺切除
小型の腫瘍(可動性)をくり抜くように切り取る方法です。
良性を疑う腫瘍や高齢動物の検査などで行われることがあります。
麻酔時間は短く、痛みも少ない方法ですが、乳腺を残して切除するため、再発の可能性は高くなります。
2)部分~片側乳腺切除
腫瘍を含めて発生した腫瘍を支配するリンパ系の流れを考慮して乳腺組織を切除します。
比較的大きな腫瘍でもしっかり切除が可能で、腫瘍細胞の取り残しも防ぐことが可能です。
切除する広さや深さを調節することよって、再発の可能性を減らすことが出来ます。
どのくらい乳腺を切り取るかによって、再発の確立が増減します。
3)両側乳腺切除
複数の乳腺に腫瘍が発生した場合に行う方法で、乳腺を広範囲に切除します。
何度も再発を繰り返す場合や、多発する乳腺腫瘍に有効です。
大部分の乳腺を取ってしまうため、再発や新しい腫瘍の発生リスクは最低限に抑えられます。手術の傷が大きいため、傷が治るまでに皮膚がつっぱる感じが残ります。
放射線治療・化学療法(抗癌剤)
癌が進行している場合や、犬に体力が無くなっている場合、他の器官への転移が見られる場合などは、抗癌剤や放射線による内科的治療が行われますが、完治は、残念ながらあまり期待できないようです。
外科療法の目的が癌の根治であるのに対し、化学療法の目的は病状悪化の抑制やQOL(生活の質)の維持だといえます。
光線力学療法で癌細胞の増殖を抑制させる治療、抗癌剤等で病状の悪化を抑える化学療法など、いくつかの治療の選択肢もありますが、すべては愛犬の症状や状態によっても変わってくるでしょう。
予防法
乳腺腫瘍は、避妊手術を行うことで発症を1/7に抑えることができます。
乳腺腫瘍は犬の腫瘍の中でも、皮膚の腫瘍に次いで2番目に多く発症すると言われています。
良性の乳腺腫瘍だったとしても、悪性の乳腺腫瘍に変わることもありますので、しっかり、担当の獣医師とアフターケアをしていきましょう。
犬の避妊手術のタイミングと乳腺腫瘍発生率
1回目の発情前の避妊手術:0.05%(1/200)
2回目の発情前の避妊手術:8%(1/12.5)
3回目の発情前の避妊手術:26%(1/4)
それ以降の発情の避妊手術:抑制効果なし
避妊手術を行う場合は、メス犬が初めての発情を迎える前の生後6ヶ月齢までに済ませておくのがよいようです。
ただし、悪性腫瘍の発生率が「0」になるわけではありません。先に述べた通り、悪性乳腺腫瘍はホルモンレセプターが少なく、性ホルモンの影響だけでない発癌機構が発症に関与すると考えられています。
また、10歳を超えた頃からの発生率が高いとされているので、可能ならば健康診断を受診することをお薦めします。
そして日々のスキンシップを欠かさず、定期的に皮膚の触診をすることが一番の予防になるかもしれません。
高齢犬の場合の予防
年々、予防医学の進歩とともに犬の平均寿命は延びています。
ある保険会社の調べでは全犬種の平均余命は13.4歳でした。ペットにも「高齢化社会」が訪れています。
そして、死因の第一位は「腫瘍」です。
そんな中、高齢であっても積極的に治療を望む飼い主さんがいる一方で、しこりに気付いても高齢だからと治療を諦め、出血や腫瘍の巨大化など悪化するまで動物病院に連れて行かないケースがあるようです。
高齢犬の場合、多くは腫瘍以外の持病を抱えていることも多く、麻酔のリスクや治療の副作用を恐れると思います。
また、長年連れ添った命を失うことを想像したくない飼い主さんもいるかもしれません。
ペットの高齢化に伴い、「どのように別れるか」という問題は、これからしっかり考え、向き合っていく必要があります。
動物病院に行かないで諦めるよりは、獣医さんとうまく以下のことを相談しながら今後の生活を考えていく方法を考えていってもいいのではないでしょうか。
☆しこりを見つけたらまずは動物病院へ
乳腺腫瘍は小さいうちに治療すれば根治が見込めます。
また乳腺腫瘍の50%は良性ですから、上手にケアすれば、そのまま天国まで持って行ける可能性もあります。
☆高齢犬でも手術ができる場合もある
高齢でも麻酔をかけられる「元気なおじいちゃん・おばあちゃん犬」はたくさんいます。まずは全身状態をチェックしてもらいましょう。
☆大きくなったしこりが与える影響
大きくなったしこりは出血や感染により悪臭を放ったり、強い痛みを与えてします。
せっかく長生きしても、つらい痛みに耐えさせるのは、とてもかわいそうなことです。
手術できなくても痛みを取る方法を探しましょう。
☆転移による苦しみ
たとえ肺に転移しても、すぐに呼吸困難を起こすわけではありません。
ほとんどの場合、犬は症状を訴えず、徐々に感染を引き起こして二次性の肺炎を起こしてから呼吸が荒くなったり、咳やタンをはき始めます。
この二次感染を防ぐことで、残された時間を苦しみから解放して過ごさせてあげられるかもしれません。
予防・再発に大きくかかわる免疫力
予防については卵巣切除以外には実証されたものではありませんが、1つ可能性があるとすれば免疫力を高めることでしょう。
カラダの中で腫瘍細胞ができると様々な免疫によって腫瘍細胞は抹殺されるようになっています。
免疫システムのどこかに欠陥があると、腫瘍細胞はそれをくぐり抜け少しずつ分裂を繰り返し増殖します。
人の乳癌では1つの腫瘍細胞が癌として認識される程の大きさになるまでに5年かかるそうです。
ちなみに免疫力を上げておくと、たとえ手術に挑むことになったとしても手術後の状態をいち早く元の状態に戻すこともできますし、それ以後の再発の予防としての意味も十分あると思います。
免疫力をあげるというのは非常に重要なことなのです。
私たち人もそうですが、犬の場合も常々免疫力を高める食事やサプリメントをつかったり、生活環境を意識しながら生活することで、風邪やその他の感染症や、癌にもなりにくくなっていきます。
免疫力を高めるひとつの手段として、動物の身体の構成要素の半分以上を占めている植物由来の極小径炭素を摂取する方法が注目されてきています。
植物由来の極小径炭素は、東京大学医学部で抗癌メカニズムの解明のための研究が進んでおり、現在癌細胞に対する抗癌効果が証明され効果に関する論文が欧米の医療ジャーナルで発表されました。
欧米の医療ジャーナル
また研究では、「人の正常な細胞の活性化にも効果が有る」との実証結果が出ています。
そして、この素材を用いて「POC療法」として行っている動物病院があります。
「POC療法」は様々な効果が期待されますが、その中で免疫細胞を活性化する手段のひとつとしてブルーミントン動物病院で行っております。
日頃からスキンシップを
乳腺腫瘍を早期に発見するためには、なんといってもスキンシップが大事です。
避妊手術を済ませた子も、そうでない子も、日頃から愛犬とスキンシップを兼ねて、身体をあちこち触ってみて、しこりや出来物ができていないか、チェックしてあげることが、乳癌の早期発見・早期治療に繋がるでしょう。
また、いざしこりや痛みが生じると、なかなか触らせてくれないことも考えられます。
こうした行動も、日頃からスキンシップを兼ねたマッサージなどを行うことで、警戒されずに早期発見できる可能性が高まるでしょう。
まとめ
避妊手術については行うかどうかは賛否両論ありますが、ブリーディングを行う予定が無いのであれば行った方が乳腺腫瘍などの病気を予防する意味では行う必要性はあるといえます。
避妊をすることにより発症率が下がり、過形成などの疾患もなくなります。
乳腺腫瘍に絶対ならないというわけではないけれど可能性としては低くなるということが明らかです。
また避妊手術は乳腺腫瘍など病気の予防以外でも望まない仔犬を生み出さない為にも必要です。
乳腺腫瘍はしっかりと治療を行えば完治の可能性がある病気であり、見つける事もそれほど難しいわけではありません。
毎日、身体全体を触れることで病気のチェックだけでなく、愛犬のストレス発散や免疫力の向上にもなりますので、愛犬と密なスキンシップを行うようにしましょう。
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